【医師監修】【まとめ】大人のワクチン接種
1. はじめに:日本における成人ワクチン接種の重要な役割
生涯を通じた予防接種は、個人の健康を守るだけでなく、社会全体の感染症の蔓延を防ぐ上で極めて重要です。小児期の予防接種は広く認識されていますが、成人期においても、免疫の低下や新たな感染症リスクに対応するために、ワクチン接種は不可欠な役割を果たします。加齢や健康状態の変化に伴い、特定の感染症に対する感受性が高まる成人にとって、ワクチンは重篤な疾患の発症や合併症を予防するための有効な手段となります。
日本におけるワクチン接種制度は、主に予防接種法に基づく「定期接種」と、個人の判断で受ける「任意接種」の二つの枠組みで構成されています。定期接種は、国が接種を推奨するワクチンであり、A類疾病とB類疾病に分類されます。A類疾病のワクチンは集団予防を目的とし、多くは小児期が対象ですが、成人ではHPVワクチンのキャッチアップ接種などが該当し、原則として公費で提供されます。一方、B類疾病のワクチンは個人予防が主目的で、高齢者のインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチン、そして2025年度からは帯状疱疹ワクチンが特定の年齢層を対象に定期接種化されるなど、成人向けの接種も含まれます。これらは一部自己負担が生じることがあります。任意接種は、これら定期接種の対象外となるワクチンで、個人のリスクや希望に応じて自費で接種されますが、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)ワクチン、A型肝炎ワクチン、RSウイルスワクチンなどが該当します。自治体によっては費用助成制度が設けられている場合もあります。
成人ワクチン接種の領域は、近年著しい進展を見せています。新しい肺炎球菌ワクチン(PCV20など)の登場や、RSウイルスワクチンの高齢者への適応拡大、帯状疱疹ワクチンの定期接種化(2025年度より特定の年齢層対象)は、単にインフルエンザ予防に留まらない、より包括的な成人期の感染症予防戦略への移行を示唆しています。これは、ワクチン技術の進歩、成人における感染症の疾病負荷に関する理解の深化、そして高齢化社会における感染症予防の重要性の高まりを反映していると考えられます。しかしながら、この定期接種と任意接種の二元的な制度は、成人にとって複雑さをもたらす側面もあります。定期接種は明確な指針と費用負担の軽減がありますが、任意接種は個人の情報収集能力や経済的負担に左右されやすく、ワクチンで予防可能な疾患(Vaccine Preventable Diseases: VPD)に対する接種率の格差を生む可能性があります。この課題に対応するため、一部の任意接種ワクチンに対する自治体独自の助成制度(例:定期接種化前の帯状疱疹ワクチンに対する中央区の助成)は、そのギャップを埋める試みとして注目されます。
2. ワクチンの仕組み:概要
ワクチンは、私たちの体が持つ免疫システムを利用して、特定の病原体に対する抵抗力を事前に獲得させる医薬品です。病原体(ウイルスや細菌など)が体内に侵入すると、免疫システムはそれを異物と認識し、排除しようと働きます。この過程で、特定の病原体を記憶する免疫細胞(リンパ球など)が作られ、再度同じ病原体に遭遇した際には、迅速かつ強力な免疫応答が可能となります。ワクチンは、この「免疫記憶」の仕組みを応用し、病原体そのもの、あるいはその一部(抗原)を無害化した形で体内に投与することで、実際の感染を経験することなく、特定の感染症に対する防御力を構築します。
ワクチンの製造方法や成分の違いにより、いくつかの種類に大別されます。
- 生ワクチン(Live-attenuated vaccines): 病原体となるウイルスや細菌の毒性を弱めた(弱毒化)ものを原材料としています。接種すると、体内で弱毒化された病原体がわずかに増殖し、自然感染に近い形で強力かつ持続的な免疫を誘導する傾向があります。麻しん、風しん、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、水痘(みずぼうそう)、帯状疱疹(生ワクチン)、黄熱ワクチンなどがこれに該当します。ただし、免疫機能が著しく低下している人には、ワクチン由来の病原体が増殖しすぎて疾患を引き起こすリスクがあるため、原則として接種できません。
- 不活化ワクチン(Inactivated vaccines): 病原体の感染力を失わせた(不活化)ものや、病原体の一部(タンパク質など)を原材料としています。生ワクチンと異なり、体内で病原体が増殖することはないため、免疫不全状態の人にも比較的安全に接種できます。一般的に、十分な免疫を獲得するためには複数回の接種が必要となります。インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン(PPSV23、PCV15、PCV20)、A型肝炎ワクチン、B型肝炎ワクチン、破傷風トキソイド、ジフテリアトキソイド、百日せき(無細胞)ワクチン、ポリオ(不活化)ワクチンなどが代表的です。
- トキソイド(Toxoid vaccines): 細菌が産生する毒素(トキシン)のみを取り出し、その毒性を無毒化したものです。破傷風トキソイドやジフテリアトキソイドがこれにあたり、細菌そのものではなく、毒素に対する免疫を獲得させます。
- サブユニットワクチン、組換えワクチン、多糖体ワクチン、結合型ワクチン(Subunit, recombinant, polysaccharide, and conjugate vaccines): 病原体の特定の部分(タンパク質、糖鎖(多糖体)など)を利用して作られます。組換えワクチンは、遺伝子組換え技術を用いて有効成分を製造します。B型肝炎ワクチン(組換え)、肺炎球菌ワクチン(PPSV23は多糖体ワクチン、PCV15/PCV20は結合型ワクチン)、帯状疱疹ワクチン(シングリックス®は組換えワクチン)、HPVワクチン(組換え)などがこのカテゴリーに含まれます。結合型ワクチンは、多糖体抗原にキャリアタンパク質を結合させることで、特に乳幼児や高齢者においてより強力な免疫応答を誘導するよう設計されています。
- mRNAワクチン(mRNA vaccines): ウイルスのタンパク質を合成するための遺伝情報(メッセンジャーRNA)を脂質の膜で包んだワクチンです。接種後、このmRNAが細胞に取り込まれ、細胞内でウイルスのスパイクタンパク質などが産生されます。免疫系がこのタンパク質を異物と認識し、抗体を産生するとともに免疫記憶を成立させます。新型コロナウイルスワクチン(ファイザー社製、モデルナ社製など)で実用化されました。
このように多様なワクチン技術が存在することは、個々の年齢や免疫状態に応じた、よりきめ細やかな予防戦略を可能にしています。例えば、帯状疱疹ワクチンには生ワクチンと不活化(組換え)ワクチンの2種類があり、高齢者における有効性の高さや免疫不全者への安全性の観点から、不活化ワクチンが推奨される場面が増えています。この技術的多様性は大きな利点ですが、同時に、なぜ特定の状況で一方のワクチンが他方より推奨されるのかについて、国民への分かりやすい情報提供が一層重要となります。特にmRNAワクチンのような新しい技術は、その迅速な開発と普及の過程で、広範な啓発活動が求められました。
3. 日本における成人への主な推奨ワクチン
成人期に推奨されるワクチンは多岐にわたります。以下に、日本において特に重要と考えられるワクチンについて、その概要、対象者、接種スケジュール、期待される効果、副反応、費用区分などを解説します。まず、主要なワクチンの一覧を以下の表に示します。
表1:日本における成人への主な推奨ワクチン概要
ワクチン名 | 対象疾患 | 主な対象者(年齢/リスク) | 区分(定期/任意) | 基本的な接種回数(成人) |
インフルエンザワクチン | インフルエンザ | 65歳以上、60~64歳で特定の基礎疾患を有する方、その他希望者、医療従事者 | 定期(B類:高齢者等)、任意 | 年1回 |
肺炎球菌ワクチン (PPSV23, PCV15, PCV20) | 肺炎球菌感染症(肺炎、侵襲性感染症など) | 65歳、60~64歳で特定の基礎疾患を有する方(PPSV23)、その他ハイリスク者、希望者 | 定期(B類:PPSV23の65歳等)、任意(PCV15, PCV20, その他PPSV23) | PPSV23:1回(65歳時)。PCV15、PCV20:1回。連続接種や再接種の推奨あり。 |
新型コロナウイルスワクチン | 新型コロナウイルス感染症 | 65歳以上、60~64歳で特定の基礎疾患を有する方、その他希望者 | 定期(B類:高齢者等、秋冬)、任意 | 年1回(定期接種対象者) |
麻しん・風しん混合(MR)ワクチン(または各単独) | 麻しん、風しん | 免疫不十分な成人(特に医療従事者、妊娠希望女性とその周囲) | 任意(一部自治体で助成あり、過去に定期接種の特例措置あり) | 原則2回(未接種・1回接種の場合) |
流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)ワクチン | 流行性耳下腺炎 | 免疫不十分な成人(特に医療従事者) | 任意 | 原則2回(未接種・1回接種の場合) |
水痘(みずぼうそう)ワクチン | 水痘 | 免疫不十分な成人(特に医療従事者、免疫不全者の家族) | 任意 | 2回 |
帯状疱疹ワクチン (生ワクチン, 不活化ワクチン) | 帯状疱疹 | 50歳以上。2025年度より65歳等対象に定期接種(B類)開始予定 | 定期(B類:2025年度~65歳等)、任意(50歳以上) | 生ワクチン:1回。不活化ワクチン:2回。 |
B型肝炎ワクチン | B型肝炎 | 医療従事者、HBVキャリアの家族・パートナー、慢性肝疾患患者、透析患者、海外渡航者、その他希望者 | 任意(一部保険適用あり) | 原則3回 |
破傷風・ジフテリア・百日せき(Tdap/DT)含有ワクチン | 破傷風、ジフテリア、百日せき | 全成人(10年毎の追加接種)、乳児と接する成人(Tdap)、妊婦(Tdap) | 任意(Tdap)、DTは小児定期接種あり。外傷時などに保険適用の場合あり。 | 基礎免疫完了後、10年毎に1回(うち1回はTdap推奨) |
ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン | HPV感染症(子宮頸がん等) | 12~16歳の女子(定期A類)、キャッチアップ対象者(1997~2008年度生まれ女性、2025年3月まで)、その他希望者 | 定期(A類:女子)、任意 | 2回または3回(年齢、ワクチン種類による) |
A型肝炎ワクチン | A型肝炎 | 海外渡航者(流行地域)、慢性肝疾患患者、MSM(男性間性交渉者)等 | 任意 | 国産:3回。輸入:2回。 |
RSウイルスワクチン | RSウイルス感染症 | 60歳以上、特定の基礎疾患を有する50歳以上(アレックスビー®)、妊婦(アブリスボ®:母子免疫目的) | 任意 | 1回 |
髄膜炎菌ワクチン | 髄膜炎菌感染症(A,C,W,Y群) | 海外渡航者(流行地域、寮生活の学生等)、特定の免疫不全状態にある方 | 任意 | 原則1回(ハイリスク者は追加接種あり) |
3.1. インフルエンザワクチン
季節性インフルエンザは、毎年のように流行を繰り返す急性の呼吸器感染症であり、特に高齢者や基礎疾患を有する方では肺炎などの合併症を引き起こし、重症化するリスクが高い疾患です。ワクチンは、このインフルエンザの発症や重症化を予防する上で最も有効な手段の一つとされています。
- ワクチンの種類: 現在、日本で主に使用されているのは、A型株2種類とB型株2種類を含む4価の不活化ワクチンです。
- 対象者と推奨:
- 定期接種(B類疾病): 毎年、65歳以上の方、および60歳から64歳で心臓、腎臓、呼吸器の機能またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に重度の障害(身体障害者障害程度等級1級相当)を有する方が対象となります。
- 任意接種: 上記以外の方でも、感染リスクを低減したいと希望する全ての方が対象となります。
- 医療従事者に対しては、自身と患者を守り、医療提供体制を維持する観点から、毎年の接種が強く推奨されています。
- 接種スケジュール: 原則として年1回、0.5mLを皮下注射します。流行シーズン前(日本では通常10月から12月頃)の接種が望ましいとされています。
- 効果と意義: ワクチン接種により、インフルエンザの発症をある程度抑える効果(高齢者施設入所者で34~55%の発症阻止効果との報告あり)が期待できます。より重要なのは重症化予防効果であり、肺炎や脳症などの合併症、さらには死亡リスクを大幅に低減させることが示されています(高齢者施設入所者で82%の死亡阻止効果との報告あり)。ワクチンの効果は、その年の流行株とワクチン株の一致度によって変動しますが、特にハイリスク群における重症化予防の意義は大きいと言えます。
- 副反応と安全性:
- 比較的多く見られる副反応としては、接種部位の赤み、腫れ、痛みなどの局所反応(接種者の10~20%)、発熱、頭痛、倦怠感などの全身反応(接種者の5~10%)がありますが、これらは通常2~3日で自然に軽快します。
- まれに、アナフィラキシーなどの重いアレルギー反応が起こることがあります。
- 極めてまれですが、ギラン・バレー症候群や急性散在性脳脊髄炎(ADEM)などの重篤な副反応も報告されていますが、ワクチンとの明確な因果関係が確立されていないものも含まれます。ワクチン接種後の死亡例は非常にまれで、多くは基礎疾患を有する高齢者であり、ワクチンとの直接的な因果関係が認められた症例はありません。
- 費用: 定期接種の場合、自治体によって自己負担額が異なります(例:東京都中央区では65~74歳は2,500円、75歳以上は無料)。任意接種の場合は全額自己負担となります。
- 最新情報: 2024/25シーズンにおいても、積極的なワクチン接種が強く推奨されています。
3.2. 肺炎球菌ワクチン (PPSV23, PCV15, PCV20)
肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)は、成人の市中肺炎の主要な原因菌であり、敗血症や髄膜炎といった侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)を引き起こすことがあります。これらの感染症は、特に高齢者や慢性疾患を有する方において重症化しやすく、生命を脅かすこともあります。肺炎球菌ワクチンは、これらの重篤な感染症を予防するために重要です。
- ワクチンの種類: 成人用には主に以下の3種類のワクチンがあります。
- PPSV23(23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン、ニューモバックス®NPなど): 23種類の肺炎球菌血清型に対応する多糖体ワクチンです。
- PCV15(15価肺炎球菌結合型ワクチン、バクニュバンス®など): 15種類の血清型に対応する結合型ワクチンです。
- PCV20(20価肺炎球菌結合型ワクチン、プレベナー20®など): 20種類の血清型に対応する結合型ワクチンで、近年、高齢者およびハイリスク者に対して日本でも承認されました。
- 対象者と推奨(複雑かつ進展中):
- 定期接種(B類疾病:PPSV23): 65歳になる年度の方(生涯1回)。および、60歳から64歳で心臓、腎臓、呼吸器の機能またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に重度の障害を有する方。
- 注意:過去にPPSV23の接種歴がある方は定期接種の対象外です。また、65歳、70歳、75歳…といった5歳刻みの年齢の方を対象としたPPSV23の経過措置は2024年3月31日で終了しました。2024年4月1日以降は、当該年度に65歳になる方(または60~64歳のハイリスク者)のみが定期接種の対象です。
- 任意接種(PCV15, PCV20、または定期接種対象外のPPSV23):
- PPSV23未接種の65歳以上の方:65歳時にPPSV23の定期接種を受けることが基本ですが、より広範な血清型への対応や免疫応答の強化を期待する場合、PCV15を接種し、その1~4年後にPPSV23を接種する逐次接種、またはPCV20単独接種も選択肢となります。
- PPSV23既接種の方:PPSV23接種から1年以上経過していればPCV15またはPCV20の接種を、5年以上経過していればPPSV23の再接種(任意)を検討できます。
- ハイリスク者:PCV15とPPSV23の逐次接種、またはPCV20の接種が望ましいとされています。
- PCV20は、その後のPPSV23接種の必要性が低いと考えられています。
- 接種スケジュール:
- PPSV23:1回接種。5年以上間隔をあけての再接種(任意)も可能です。
- PCV15:1回接種。PPSV23を後に接種する場合、1~4年の間隔が推奨されます。
- PCV20:1回接種。
表2:成人向け肺炎球菌ワクチンの比較(65歳以上およびハイリスク者)
ワクチンの種類 | 主な特徴(血清型カバー数、タイプ) | 推奨される使用法/順序(概要) | 費用区分(定期/任意) |
PPSV23 | 23価、多糖体ワクチン | 65歳時の定期接種。5年以上あけて再接種可(任意)。PCV接種後の追加接種としても使用。 | 定期(65歳等)、任意 |
PCV15 | 15価、結合型ワクチン | 任意接種。PPSV23未接種者への初回接種、またはPPSV23既接種者への追加免疫として。PCV15接種後1~4年でPPSV23の逐次接種を推奨。 | 任意 |
PCV20 | 20価、結合型ワクチン。PCV15より広範な血清型をカバー。 | 任意接種。PPSV23未接種者への初回接種、またはPPSV23既接種者への追加免疫として。PCV20接種後はPPSV23の追加接種の必要性は低い。ハイリスク者にも推奨。 | 任意 |
- 効果と意義:
- PPSV23:ワクチンに含まれる血清型による侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)を約4割予防する効果があると報告されています。非菌血症性肺炎球菌性肺炎に対する効果については議論がありますが、一部研究では有効性が示唆されています。
- PCV15/PCV20(結合型ワクチン):多糖体ワクチンよりも強力で持続的なT細胞依存性の免疫応答を誘導することが期待され、より広範な血清型に対する予防効果が見込まれます。特にPCV20はPCV15よりも多くの血清型をカバーします。
- 副反応と安全性:
- 一般的な副反応として、注射部位の痛み、赤み、腫れ、筋肉痛、倦怠感、頭痛、微熱などが見られますが、通常1~2日で軽快します。
- PPSV23の再接種では、局所反応がやや強く出ることがありますが、多くは一過性です。
- まれにアナフィラキシーなどの重篤な副反応が報告されています。
- 費用: PPSV23の定期接種では自己負担金が生じます(例:東京都中央区では1,500円、福岡市では4,200円)。任意接種(PPSV23、PCV15、PCV20)の場合は全額自己負担となり、特に新しい結合型ワクチンは1回あたり15,000円以上となる場合があります。
肺炎球菌ワクチンの選択肢が増えたことは、より効果的な予防を可能にする一方で、どのワクチンをいつ接種するかという判断を複雑にしています。特に高齢者や基礎疾患を持つ方にとっては、最新の知見に基づいた医師との十分な相談が不可欠です。PCV20のような新しいワクチンは、より広範な予防効果を単独で提供する可能性があり、今後の推奨の中心となることも考えられます。
3.3. 新型コロナウイルスワクチン
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、SARS-CoV-2ウイルスによって引き起こされ、無症状から重篤な呼吸器疾患、後遺症(いわゆるロングコビッド)、さらには死に至ることもある感染症です。特に高齢者や基礎疾患を有する方では重症化リスクが高いとされています。
- ワクチンの種類: 主にmRNAワクチン(コミナティ®、スパイクバックス®など)、組換えタンパクワクチン(ヌバキソビッド®など)が使用されています。流行株の変異に対応するため、XBB.1.5対応ワクチンやJN.1対応ワクチンなど、最新の変異株に対応したワクチンが用いられています。
- 対象者と推奨(2024年秋冬時点):
- 定期接種(B類疾病): 65歳以上の方、および60歳から64歳で心臓、腎臓、呼吸器の機能またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に重度の障害を有する方が対象です。通常、秋冬に年1回の接種が推奨されます。
- 任意接種: 上記以外の方で接種を希望する場合。
- 接種スケジュール: 定期接種では、通常年1回の接種となります。前回のSARS-CoV-2ワクチン接種からの間隔は、mRNAワクチンの場合、通常3ヶ月以上とされています。
- 効果と意義: 主な目的は、重症化、入院、死亡を予防することです。ワクチンの効果は時間とともに減弱する可能性があり、また新たな変異株の出現によっても影響を受けるため、特にハイリスク群に対しては最新のワクチンを用いた定期的な追加接種が重要となります。
- 副反応と安全性:
- 一般的な副反応として、接種部位の痛み、疲労感、頭痛、筋肉痛、悪寒、発熱などがあります。
- まれにアナフィラキシーが報告されています。また、心筋炎や心膜炎が極めてまれに報告されており、特に若年男性でmRNAワクチン接種後に多いとされていますが、COVID-19感染自体がこれらの心血管系合併症のリスクをより高めることが指摘されています。
- 費用: 定期接種では自己負担金が生じます(標準的には7,000円とされていますが、自治体の助成などにより変動する可能性があります)。任意接種の場合は全額自己負担となります。
- 最新情報: 2024年秋からは、XBB.1.5対応ワクチンやJN.1対応ワクチンが提供されています。2024年度の定期接種期間は、多くの自治体で10月から翌年1月頃までとなっています。
3.4. 麻しん・風しん・流行性耳下腺炎(MMR)ワクチン(または各単独ワクチン)
麻しん、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、風しんは、いずれもウイルスによる感染症で、特に成人での罹患や合併症が問題となることがあります。
- 疾患概要:
- 麻しん: 感染力が非常に強く、発熱、咳、鼻水、結膜充血、発疹を主症状とし、肺炎や脳炎などの重篤な合併症を引き起こすことがあります。
- 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ): 耳下腺の腫脹と痛みが特徴で、髄膜炎、精巣炎、卵巣炎、難聴などの合併症をきたすことがあります。
- 風しん: 発熱、発疹、リンパ節腫脹が主な症状ですが、成人が罹患すると関節痛などが強く出ることがあります。妊娠初期の女性が感染すると、胎児に先天性風しん症候群(CRS:心疾患、難聴、白内障など)を引き起こす可能性があるため、特に注意が必要です。
- ワクチンの種類: いずれも弱毒生ワクチンです。日本では麻しんと風しんの混合ワクチン(MRワクチン)が広く用いられています。流行性耳下腺炎ワクチンは単独、またはMMR(麻しん・おたふくかぜ・風しん混合)ワクチンとして接種されますが、成人ではMRワクチンと、必要に応じて単独のおたふくかぜワクチンを組み合わせることが一般的です。
- 対象者と推奨:
- これらの疾患に対する免疫を持たない(罹患歴がない、または適切なワクチン接種歴(通常2回)がない)全ての成人が対象です。
- 特に重要な対象者:
- 医療従事者(MRワクチン2回接種が推奨されます)。
- 妊娠可能年齢の女性およびそのパートナーや家族(特に風しん。CRS予防のため)。
- 流行地域への渡航者。
- 過去に2回接種の機会がなかった世代(例:風しんについては、1962年4月2日から1979年4月1日生まれの男性を対象とした追加的対策(抗体検査とワクチン接種)が実施されていましたが、この制度は2025年3月末で抗体検査事業が終了し、ワクチン接種のみ特例措置が設けられる可能性があります)。
- 麻しん、風しん、おたふくかぜのいずれについても、確実な免疫を獲得するためには、1歳以降に2回のワクチン接種が推奨されています。1歳以降に2回の接種記録が確認できれば、抗体検査は必須ではありません。ただし、抗体検査を実施した場合の対応は医療機関と本人が個別に判断することになりますが、4回以上の接種は推奨されていません。この「2回接種の原則」と「過剰接種の回避」は、過去の抗体価の解釈を巡る混乱から得られた重要な教訓であり、医療従事者を含む成人への免疫付与戦略の基本となっています。
- 接種スケジュール:
- 免疫不十分な場合、MRワクチン(またはMMRワクチン)を最低4週間以上の間隔をあけて2回接種します。
- おたふくかぜワクチンが必要な場合も、同様に最低4週間以上の間隔をあけて2回接種します。
- 効果と意義: 非常に効果的です。MRワクチン2回接種で麻しん・風しんに対する免疫獲得率は97~99%以上とされています。おたふくかぜワクチン2回接種の有効率は約88%です。感染症の発症および重篤な合併症を予防します。
- 副反応と安全性:
- MR(MMR)ワクチンの一般的な副反応として、発熱(1回目接種後約27%)、発疹(約12%)、成人女性では関節痛(風しん成分による)などが見られますが、通常は軽微で一過性です。
- おたふくかぜワクチンでは、軽度の耳下腺腫脹や発熱が見られることがあります。
- まれに熱性けいれん、一過性の血小板減少性紫斑病が報告されています。
- 極めてまれにアナフィラキシー、脳炎などが起こる可能性があります。
- 禁忌:妊娠(MR/MMRワクチン接種後2ヶ月間は避妊が必要)、重度の免疫不全状態。
- 費用: 成人の場合、通常は任意接種で自己負担となります。MRワクチンの費用は1回あたり約8,000~10,000円、おたふくかぜワクチンは1回あたり約3,000~8,000円程度です。一部の自治体では、特定の対象者(例:妊娠希望女性など)に対して風しんの抗体検査やワクチン接種費用の助成を行っている場合があります。
3.5. 水痘(みずぼうそう)・帯状疱疹ワクチン
水痘と帯状疱疹は、同じ水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によって引き起こされる疾患です。初感染で水痘(みずぼうそう)を発症し、治癒後もウイルスは体内の神経節に潜伏感染します。その後、加齢や免疫低下などによりウイルスが再活性化すると帯状疱疹を発症します。
- 疾患概要:
- 水痘(みずぼうそう): VZVの初感染による全身性の発疹を主症状とする感染症で、感染力が非常に強いです。小児期に多く発症しますが、成人が罹患すると重症化しやすい傾向があります。
- 帯状疱疹: 潜伏していたVZVの再活性化により、通常は片側の神経支配領域に沿って痛みを伴う水疱性の発疹が出現します。主な合併症として、発疹治癒後も長期にわたり痛みが持続する帯状疱疹後神経痛(PHN)があり、QOLを著しく低下させます。発症リスクは加齢とともに上昇し、50歳代から増加し始めます。
- ワクチンの種類:
- 水痘ワクチン: 弱毒生水痘ワクチンです。
- 帯状疱疹ワクチン:
- 弱毒生水痘ワクチン(乾燥弱毒生水痘ワクチン「ビケン」など、帯状疱疹予防の適応あり): 水痘ワクチンと同じ生ワクチンですが、帯状疱疹予防の目的で使用されます。
- 組換えサブユニットワクチン(シングリックス®): 不活化ワクチンの一種で、VZVの特定のタンパク質(糖タンパクE)とアジュバントを含みます。
- 対象者と推奨:
- 水痘ワクチン(成人):
- 水痘の罹患歴がなく、ワクチン接種歴が2回未満の成人が対象です。
- 特に医療従事者、免疫不全者の家族、妊娠前の女性などに推奨されます。
- 接種スケジュール:最低4週間(通常4~8週間)の間隔をあけて2回皮下注射します。
- 帯状疱疹ワクチン:
- 定期接種(B類疾病、2025年度から開始予定): 65歳になる年度の方。および、60歳から64歳で心臓、腎臓、呼吸器の機能またはヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に重度の障害を有する方。また、2025年度から5年間の経過措置として、各年度に70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳になる方も対象となります。この定期接種化は、高齢者における帯状疱疹およびPHNの負担軽減を目指す重要な政策転換です。
- 任意接種(現在、および定期接種対象外の方): 50歳以上の成人に推奨されます。
- 組換えサブユニットワクチン(シングリックス®)は、生ワクチンと比較して高齢者における有効性が高く、免疫不全状態にある方にも使用可能であるため、一般的に優先して推奨されます。
- 医療従事者にも、VZVの伝播を防ぐ観点から接種が推奨されます。
- 接種スケジュール(帯状疱疹):
- 弱毒生水痘ワクチン(ビケン):0.5mLを1回皮下注射。
- 組換えサブユニットワクチン(シングリックス®):0.5mLを2ヶ月間隔で2回筋肉内注射(1~6ヶ月間隔での接種も可能。免疫機能が低下しているなど、早期の免疫獲得が必要な場合は1ヶ月間隔まで短縮可)。
表3:成人向け帯状疱疹ワクチンの比較(50歳以上)
ワクチンの種類 | 代表的な製品名 | 接種回数 | 投与経路 | 有効性(帯状疱疹予防、PHN予防の目安) | 免疫不全者への使用 | 費用区分(定期/任意) | 主な留意点 |
弱毒生水痘ワクチン(生ワクチン) | 「ビケン」 | 1回 | 皮下注射 | 帯状疱疹予防:約50~60%、PHN予防:約60~67%。効果は加齢とともに低下。 | 原則禁忌 | 定期(2025年度~)、任意 | 1回接種で済む。免疫不全者には使用不可。 |
組換えサブユニットワクチン(不活化) | シングリックス® | 2回 | 筋肉内注射 | 帯状疱疹予防:90%以上、PHN予防:約90%。効果の持続性が高い。 | 使用可(要相談) | 定期(2025年度~)、任意 | 2回接種が必要。副反応(局所反応、全身反応)が比較的多いが一時的。免疫不全者にも使用可能。有効性が高い。 |
- 効果と意義:
- 水痘ワクチン:2回接種で水痘の発症を効果的に予防します。
- 弱毒生帯状疱疹ワクチン:帯状疱疹の発症リスクを約50~60%、PHNのリスクを約60~67%低減させますが、効果は加齢とともに、また時間経過とともに低下する傾向があります。
- 組換え帯状疱疹ワクチン:帯状疱疹の発症リスクを90%以上、PHNのリスクも約90%低減させ、その効果は長期間持続することが示されています。
- 副反応と安全性:
- 水痘ワクチン:軽微な注射部位反応、発熱、軽度の発疹など。妊娠中、重度の免疫不全状態では禁忌です。
- 弱毒生帯状疱疹ワクチン:水痘ワクチンと同様の副反応。まれに水痘様の皮疹。妊娠中、重度の免疫不全状態では禁忌です。
- 組換え帯状疱疹ワクチン:注射部位の痛み、腫れ、赤み、全身反応(疲労感、筋肉痛、頭痛、発熱など)が高頻度に見られますが、通常1~3日で軽快します。免疫不全自体は禁忌ではありませんが、接種にあたっては医師との相談が必要です。
- 費用:
- 水痘ワクチン:任意接種で自己負担(1回あたり約4,000~6,000円)。
- 帯状疱疹ワクチン:任意接種の場合、生ワクチンは約8,000円程度、組換えワクチン(シングリックス®)は1回あたり約20,000~25,000円(2回接種が必要)が目安です。2025年度からの定期接種では、対象者には自己負担金が生じます。一部自治体では、定期接種化以前から任意接種に対する費用助成制度を設けていました(例:東京都中央区)。
帯状疱疹ワクチンの選択肢の拡大と定期接種化は、高齢者のQOL向上に大きく貢献すると期待されます。特に組換えワクチンの登場は、有効性と安全性の両面で大きな進歩と言えますが、費用や副反応の特性を理解した上での選択が重要です。
3.6. B型肝炎ワクチン
B型肝炎は、B型肝炎ウイルス(HBV)の感染によって引き起こされる肝臓の疾患です。急性肝炎として発症するほか、持続感染(キャリア化)すると慢性肝炎、肝硬変、肝がんへと進行する可能性があります。HBVは血液や体液を介して感染します。
- ワクチンの種類: 遺伝子組換え技術を用いて製造されたHBs抗原ワクチン(不活化ワクチン)です(ヘプタバックス-II®、ビームゲン®など)。
- 対象者と推奨:
- 日本では2016年から乳児への定期接種が開始されています。
- 成人:
- HBV感染リスクのある全ての未接種成人が対象となります。特に以下の方々に強く推奨されます。
- 医療従事者など、業務上血液や体液に曝露する機会のある方(3回接種と接種後の抗体検査が強く推奨されます)。
- HBVキャリアの家族や性的パートナー。
- 慢性肝疾患患者、腎疾患(透析)患者、HIV感染者。
- 性的パートナーが複数いる方、薬物注射使用者。
- HBV流行地域への渡航者。
- 上記以外でも、感染予防を希望する全ての成人に接種が考慮されます。
- 接種スケジュール: 通常、0、1、6ヶ月の3回接種が標準的です(例:初回、4週後、初回から20~24週後など)。10歳以上は1回0.5mLを筋肉内または皮下注射します。
- 医療従事者など継続的な曝露リスクがある場合は、3回目接種の1~2ヶ月後にHBs抗体検査を行い、免疫獲得(HBs抗体価≥10 mIU/mL)を確認することが推奨されます。抗体が獲得できなかった(ノンレスポンダー)場合は、再度のシリーズ接種が考慮されます。
- 効果と意義: 非常に有効なワクチンで、40歳未満の成人では約95%、40~60歳では約80~90%で抗体が獲得されると報告されています(60歳以上では獲得率が低下する傾向あり)。獲得された免疫は長期間(おそらく20年以上)持続すると考えられています。急性および慢性B型肝炎、そしてそれに続く肝硬変や肝がんを予防します。
- 副反応と安全性:
- 一般的な副反応として、注射部位の痛み、軽度の全身症状(発熱、倦怠感など)が見られることがあります。
- まれにアナフィラキシーが報告されています。
- 総じて非常に安全性の高いワクチンとされています。
- 費用: 成人の場合、多くは任意接種で自己負担となります(1回あたり約5,000~8,250円程度)。曝露後の予防投与や特定のハイリスク状態(例:母子感染予防、透析患者など)では保険適用となる場合があります。
3.7. 破傷風・ジフテリア・百日せき(Tdap/DT)含有ワクチン
破傷風、ジフテリア、百日せきは、いずれも細菌による感染症で、ワクチンで予防可能です。
- 疾患概要:
- 破傷風: 破傷風菌が産生する毒素により、筋肉の痙攣や開口障害(ロックジョー)などを引き起こし、致死的な経過をたどることがあります。菌の芽胞は土壌中に広く存在します。
- ジフテリア: ジフテリア菌による感染症で、喉頭・咽頭炎や気道閉塞、心筋炎や神経麻痺などの合併症を引き起こすことがあります。
- 百日せき: 百日せき菌による急性の気道感染症で、特有の痙攣性の咳発作(レプリーゼ)が長く続きます。乳幼児が罹患すると重症化しやすく、無呼吸発作や肺炎、脳症などを合併することがあります。成人は軽症で済むこともありますが、乳幼児への感染源となるため注意が必要です。
- ワクチンの種類:
- DTトキソイド(沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド): ジフテリアと破傷風の予防。小児の定期接種(第2期)や成人の追加接種に用いられます。
- Tdap(沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン): 破傷風、ジフテリアに加え、百日せき成分を含む成人・思春期用の三種混合ワクチン。成人の追加接種として1回の使用が推奨されます。日本では海外からの輸入ワクチン(ブーストトリックス®、アダセル®など)の他、国内で承認されている小児用DPTワクチン(トリビック®など)が成人にも使用可能です。
- 破傷風トキソイド(TT): 破傷風単独の予防。基礎免疫や追加接種、外傷時の対応に用いられます。
- 対象者と推奨:
- 全ての成人は、破傷風・ジフテリアを含むワクチンの基礎免疫(通常、小児期に完了)を受けていることが基本です。
- Td/Tdap追加接種: 基礎免疫完了後、10年ごとに追加接種が推奨されます。
- 成人期における追加接種のうち1回は、百日せき成分を含むTdapワクチンを使用することが推奨されます。特に、乳幼児と接する機会の多い方(両親、祖父母、医療・保育関係者など)は、乳児への百日せき感染を防ぐ「コクーニング戦略」の観点から重要です。
- 妊婦: 妊娠のたびにTdapワクチンを接種することが推奨されます(理想的には妊娠27~36週)。これにより、母体から胎児へ抗体が移行し、出生後の新生児を百日せきから守ることができます。この戦略は、乳児期の百日せき重症化予防に極めて効果的です。
- 外傷時: 傷の種類や最終接種からの期間に応じて、破傷風トキソイドの追加接種が必要となる場合があります(汚染された傷で最終接種から5年以上経過している場合など)。
- 1968年以前に生まれた方で、破傷風トキソイドの接種歴が不明またはない場合は、基礎免疫として3回の接種が必要となることがあります。
- 医療従事者で、特に外傷リスクが高い業務や災害医療に関わる可能性のある方は、破傷風に対する免疫を確実に維持する必要があります。
- 接種スケジュール:
- 基礎免疫(未接種成人の場合):Tdトキソイド(またはTT)を3回接種(例:初回、4~8週後、2回目から6~12ヶ月後)。
- 追加接種:Tdapワクチンを1回(成人期未接種の場合)、その後はTdトキソイドを10年ごとに1回。
- 効果と意義: これらの疾患を効果的に予防します。成人へのTdap接種は、自身の百日せき予防に加え、乳幼児への感染伝播リスクを低減させる上で大きな意義があります。
- 副反応と安全性:
- 一般的な副反応として、注射部位の反応(痛み、赤み、腫れ。Tdトキソイドの頻回接種では強く出ることがある)、軽度の発熱、倦怠感などが見られます。
- まれに重篤な局所反応(アルサス型反応)、ギラン・バレー症候群、アナフィラキシーなどが報告されています。
- 費用: Tdapワクチンは多くの場合、任意接種で自己負担となります(輸入ワクチンで約10,000円程度)。DTトキソイドやTTは、外傷後の対応など特定の状況では保険適用となることがありますが、予防目的の追加接種は自己負担(TTで約3,000円程度)となる場合があります。
3.8. ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、主に性的接触によって感染するごくありふれたウイルスです。多くの場合は自然に排除されますが、一部のハイリスク型HPVが持続感染すると、子宮頸がんをはじめ、中咽頭がん、肛門がん、腟がん、外陰がん、陰茎がんなどの原因となることがあります。また、ローリスク型HPVは尖圭コンジローマを引き起こします。
- ワクチンの種類: 遺伝子組換え技術を用いて作られた不活化ワクチンです。現在、日本では2価(サーバリックス®)、4価(ガーダシル®)、9価(シルガード®9)のワクチンが使用可能です。9価ワクチンが最も多くのHPV型をカバーします。
- 対象者と推奨:
- 定期接種(A類疾病): 小学校6年生から高校1年生相当の女子が対象です。
- キャッチアップ接種: HPVワクチンの積極的勧奨の差し控えにより接種機会を逃した、1997年4月2日から2008年4月1日(一部自治体では2005年4月1日までなど対象生年月日が異なる場合あり、要確認)生まれの女性を対象に、2025年3月31日まで無料で接種機会が提供されています。2025年3月末までに初回接種を開始すれば、規定回数の接種を公費で完了できる経過措置が設けられている場合があります。
- 任意接種: 上記対象者以外でも、26歳くらいまでの女性には接種が推奨されます。それ以上の年齢の方でも、医師と相談の上で接種を検討することができますが、一般的に性的活動開始前の接種が最も効果的です。一部の国では男性への接種も推奨されており、日本でも4価および9価ワクチンは男性への任意接種が可能です(4価は9歳以上男性への適応あり)。
- 接種スケジュール: ワクチンの種類と初回接種時の年齢によって、2回または3回の接種が必要です。
- 9価ワクチン(シルガード®9):初回接種が9~14歳の場合は2回接種(初回、6~12ヶ月後)。初回接種が15歳以上の場合は3回接種(初回、2ヶ月後、6ヶ月後)。
- 4価ワクチン(ガーダシル®):3回接種(初回、2ヶ月後、6ヶ月後)。
- いずれも1年以内の接種完了が望ましいとされています。
- 効果と意義: ワクチンに含まれるHPV型による持続感染、およびそれに起因する前がん病変やがんを高い確率で予防します。ただし、全てのHPV型をカバーするわけではないため、ワクチン接種後も定期的な子宮頸がん検診の受診が重要です。既に成立しているHPV感染や病変を治療する効果はありません。
- 副反応と安全性:
- 一般的な副反応として、注射部位の痛み、腫れ、赤み、頭痛、疲労感、発熱などが見られます。
- まれに失神(特に思春期、接種後の安静観察が推奨される)、アナフィラキシーなどが報告されています。
- 過去にHPVワクチン接種後の多様な症状が報告され、積極的勧奨が一時差し控えられましたが、その後の国内外での広範な調査と専門家による評価の結果、ワクチンの安全性に特段の懸念は認められず、接種による有効性が副反応のリスクを明らかに上回ると判断され、積極的勧奨が再開されました。
- 費用: 定期接種およびキャッチアップ接種の対象者は無料です。任意接種の場合は全額自己負担となります。
3.9. その他の重要なワクチン(リスク因子、渡航などに基づく)
上記以外にも、個人の健康状態、生活環境、渡航歴などに応じて接種が推奨されるワクチンがあります。
3.9.1. A型肝炎ワクチン
- 疾患概要: A型肝炎ウイルス(HAV)による肝臓の感染症で、主に汚染された飲食物の摂取や性的接触を含む密接な接触により経口感染します。
- ワクチンの種類: 不活化ワクチンです(国産:エイムゲン®、輸入:HAVRIX®など)。
- 対象者: A型肝炎流行地域(特に開発途上国)への渡航者、男性間性交渉者(MSM)、慢性肝疾患患者、薬物注射使用者、食品を取り扱う職種の方などに推奨されます。60歳未満の成人では抗体保有率が低い傾向があります。
- 接種スケジュール: 国産ワクチン(エイムゲン®)は通常3回接種(初回、2~4週後、初回から24週後)。輸入ワクチン(HAVRIX®など)は2回接種(初回、6~12ヶ月後)が一般的です。
- 効果: 高い予防効果があり、適切な回数を接種すれば長期間の免疫が期待できます(国産ワクチン3回接種で約5年以上、輸入ワクチン2回接種で15~20年以上)。
- 副反応: 注射部位の痛み、頭痛、倦怠感などの軽微なものが主です。
- 費用: 任意接種で自己負担となります(1回あたり約10,000円程度)。
3.9.2. RSウイルスワクチン
- 疾患概要: RSウイルスはありふれた呼吸器ウイルスで、乳幼児や高齢者、基礎疾患(慢性心疾患、慢性肺疾患など)を持つ成人では、細気管支炎や肺炎などの重症な下気道感染症を引き起こすことがあります。
- ワクチンの種類: 組換えタンパクワクチンです(アレックスビー®、アブリスボ®)。
- 対象者:
- アレックスビー®:60歳以上の成人、または重症化リスクの高い基礎疾患を有する50歳以上の成人。
- アブリスボ®:60歳以上の成人、および妊娠24~36週の妊婦(新生児・乳児のRSウイルス感染症予防のための母子免疫目的)。
- 接種スケジュール: 1回筋肉内注射。
- 効果: 高齢者におけるRSウイルスによる下気道疾患の予防に良好な有効性が示されています。
- 副反応: 注射部位の痛み、倦怠感、頭痛、筋肉痛などが見られます。
- 費用: 任意接種で自己負担となります(1回あたり約25,000円程度)。
3.9.3. 髄膜炎菌ワクチン
- 疾患概要: 髄膜炎菌による感染症で、髄膜炎や敗血症を引き起こし、急速に進行して致死的となることや重篤な後遺症を残すことがあります。
- ワクチンの種類: 日本では主にA、C、W、Yの4つの血清群に対応する4価結合型ワクチン(メンクアッドフィ®など)が使用されています。B群髄膜炎菌には効果がありません。
- 対象者: アフリカの「髄膜炎ベルト」地帯やメッカ巡礼(ハッジ)など流行地域への渡航者、海外の学校等で寮生活を送る学生(特に10~20代)、脾臓摘出者や特定の免疫不全状態(補体欠損症、HIV感染症など)にある方、補体阻害薬(エクリズマブなど)使用者、髄膜炎菌を扱う検査技師などに推奨されます。
- 接種スケジュール: 通常1回接種。ハイリスク者は2回接種(8週間以上間隔)や5年ごとの追加接種が推奨される場合があります。2~55歳が主な対象年齢ですが、必要に応じて56歳以上にも使用され、安全性データも蓄積されつつあります。
- 効果: 含まれる血清群による侵襲性髄膜炎菌感染症に対して良好な予防効果を示します。
- 副反応: 注射部位の軽微な反応、発熱、頭痛などが見られます。
- 費用: 任意接種で自己負担となります。
4. 成人ワクチン接種における特別な考慮事項
成人ワクチン接種においては、個々の状況に応じた特別な配慮が必要となる場合があります。特に医療従事者、海外渡航者、免疫不全状態にある方、そして妊婦については、一般的な推奨に加えて特有の留意点が存在します。
4.1. 医療従事者への推奨
医療従事者は、業務の性質上、様々な感染症に曝露されるリスクが高いと同時に、免疫力の低下した患者へ感染症を伝播させてしまう媒体となる可能性も有しています。したがって、医療従事者へのワクチン接種は、従事者自身の健康保護、患者(特に易感染性患者)への感染伝播防止、そして医療提供体制の維持という多面的な意義を持ちます。
主要な推奨ワクチンは以下の通りです。
- B型肝炎ワクチン: 全ての感受性のある医療従事者に対し、3回接種と接種後の抗体価確認が強く推奨されます。
- インフルエンザワクチン: 毎年の接種が強く推奨されます。
- 麻しん・風しん・流行性耳下腺炎(MMR)ワクチン: MMRワクチン2回接種の記録、または各疾患に対する免疫保有の検査証明が必要です。
- 水痘ワクチン: 水痘ワクチン2回接種の記録、または罹患歴か免疫保有の検査証明が必要です。
- 百日せき(Tdapワクチン): 特に新生児や妊婦と接する部門の従事者に推奨されます。
- 新型コロナウイルスワクチン: 最新のガイドラインに従った接種が推奨されます。
- 髄膜炎菌ワクチン: 髄膜炎菌を扱う検査室職員や、特定の臨床状況下で曝露リスクが高い場合に考慮されます。
- 破傷風トキソイド: 基礎免疫の確認と適切な追加接種が必要です。
- 帯状疱疹ワクチン: VZVの伝播源となることを防ぐために推奨されます。
多くの医療機関では、就職時や臨床実習開始前にこれらのワクチン接種歴の確認や抗体検査、必要に応じたワクチン接種を義務付けています。医療機関は、職員が適切にワクチン接種を受けられる体制を整備する責任があります。
4.2. 海外渡航者のためのワクチン接種
海外渡航に際しては、渡航先の地域、滞在期間、活動内容、個人の健康状態などに応じて、様々な感染症のリスクに備える必要があります。ワクチン接種は、これらのリスクを軽減するための重要な手段の一つです。
渡航前に検討すべきワクチンは多岐にわたりますが、代表的なものとして以下が挙げられます。
- A型肝炎ワクチン: 開発途上国など流行地域への渡航では必須と考えられます。
- B型肝炎ワクチン: 長期滞在や医療行為を受ける可能性がある場合、流行地域への渡航で推奨されます。
- 破傷風トキソイド: 全ての渡航者は基礎免疫を完了し、必要に応じて追加接種を受けるべきです。
- 麻しん・風しん(MR)ワクチン: 免疫が不十分な場合は、渡航先での感染や帰国後の国内での感染拡大を防ぐため接種が推奨されます。
- 狂犬病ワクチン: 動物との接触機会が多い地域や、医療機関へのアクセスが悪い地域へ長期滞在する場合に推奨されます。
- 日本脳炎ワクチン: アジアの流行地域(特に農村部)へ長期滞在する場合に推奨されます。
- 黄熱ワクチン: アフリカや南米の流行地域へ渡航する場合、または入国時に接種証明書を要求する国へ渡航する場合に必要です。
- 髄膜炎菌ワクチン: アフリカの髄膜炎ベルト地帯、メッカ巡礼、一部の学生寮など、集団感染のリスクが高い場所へ渡航する場合に推奨されます。
- ポリオワクチン: 流行地域へ渡航する場合には追加接種が推奨されることがあります。
これらのワクチンは複数回接種が必要な場合や、接種完了までに一定期間を要する場合があるため、渡航予定が決まったら、できるだけ早く(理想的には出発の3ヶ月以上前)トラベルクリニックや渡航外来などの専門医療機関に相談することが重要です。厚生労働省検疫所(FORTH)のウェブサイトなども有用な情報源となります。
4.3. 免疫不全状態にある方へのガイダンス
免疫不全状態にある方は、感染症に対する抵抗力が低下しており、ワクチンで予防可能な疾患であっても重症化しやすい傾向にあります。そのため、ワクチン接種による予防は非常に重要ですが、ワクチンの種類(特に生ワクチン)の選択や接種時期には細心の注意が必要です。「免疫不全状態にある患者に対する予防接種ガイドライン2024」などが専門的な指針を提供しています。
一般的な原則は以下の通りです。
- 生ワクチン: 重度の免疫不全状態(例:高用量の免疫抑制薬使用者、特定の生物学的製剤使用者、重症の原発性免疫不全症、臓器移植後で強力な免疫抑制下にある患者など)では、ワクチン由来の病原体による重篤な副反応のリスクがあるため、原則として禁忌です。ただし、免疫不全の程度や種類によっては、メトトレキサートやTNF阻害薬など一部の薬剤使用中でも、専門医の慎重な判断のもとで特定の生ワクチン接種が考慮される場合があります。生ワクチンが必要な場合は、免疫抑制治療開始の4週間以上前(固形臓器移植前など)や、薬剤によってはさらに長い期間(例:リツキシマブ使用前は4週間以上)を空けて接種することが望ましいとされています。
- 不活化ワクチン: 一般的に安全に接種可能ですが、免疫応答が健常者と比較して不十分となる可能性があります。そのため、追加接種や高用量ワクチンの使用が検討されることもあります。可能な限り、免疫抑制が強くなる前に接種を完了することが推奨されます。
- 家族など周囲の方への接種(コクーニング戦略): 免疫不全状態にある方を感染症から守るためには、同居家族や介護者など、周囲の人が適切にワクチン接種を受け、感染源とならないようにすることが極めて重要です。これは、免疫不全者本人へのワクチン効果が不十分な場合や、生ワクチンが接種できない場合に特に意義を持ちます。
- 基礎疾患別の注意点: がん患者、臓器移植・造血幹細胞移植患者、原発性免疫不全症患者、自己免疫疾患などで免疫抑制薬・生物学的製剤を使用している患者、脾臓摘出者など、個々の免疫不全状態に応じた詳細な推奨がガイドラインに示されています。例えば、脾臓摘出者は肺炎球菌、髄膜炎菌、インフルエンザ菌b型(Hib)などの莢膜を持つ細菌に対する感染リスクが特に高いため、これらのワクチン接種が強く推奨されます。
免疫不全状態にある方のワクチン接種計画は、必ず主治医や感染症専門医と十分に相談し、個々の状態に合わせて慎重に進める必要があります。近年、このような特殊な状況にある患者さんへのワクチン接種に関する知見が蓄積され、より個別化された推奨が可能となってきており、専門ガイドラインの参照と専門医との連携が一層重要になっています。
4.4. 妊娠中のワクチン接種
妊娠中のワクチン接種は、母体と胎児双方の健康を守る上で重要な意味を持ちます。一部のワクチンは妊娠中に推奨され、母体を通じて胎児・新生児へ免疫を移行させる効果も期待できますが、一方で禁忌とされるワクチンもあります。
- 推奨されるワクチン:
- インフルエンザワクチン(不活化): 妊娠中のどの時期でも接種が推奨されており、母体のインフルエンザ重症化予防に加え、生後6ヶ月未満の乳児へのインフルエンザ予防効果も期待できます。
- Tdap(百日せき・ジフテリア・破傷風混合)ワクチン: 各妊娠ごと(理想的には妊娠27~36週)の接種が推奨されます。これにより、母体で産生された百日せき抗体が胎盤を通じて胎児に移行し、出生後の新生児を重症化しやすい百日せきから守る効果があります。
- RSウイルスワクチン(アブリスボ®): 妊娠24~36週の妊婦に接種することで、出生後の新生児・乳児のRSウイルスによる重症下気道疾患を予防する母子免疫を目的として承認されています。
- 禁忌とされるワクチン:
- 生ワクチン: 麻しん・風しん(MR)ワクチン、流行性耳下腺炎ワクチン、水痘ワクチン、帯状疱疹生ワクチン、黄熱ワクチンなどは、胎児への理論的なリスクを考慮し、妊娠中は原則として禁忌です。これらの生ワクチンを接種した場合は、その後一定期間(例:MRワクチンでは2ヶ月間)の避妊が必要です。
- 新型コロナウイルスワクチン: 一般的に、妊娠中の女性にも接種が推奨されていますが、接種にあたっては産科医との相談が重要です。
妊娠中のワクチン接種については、必ず産科主治医や感染症専門医と相談し、個々の状況に応じた最適な判断を行うことが大切です。特に、TdapワクチンやRSウイルスワクチンの母子免疫戦略は、新生児期の感染症予防において非常に有効な手段として注目されています。
5. ワクチン接種を受けるにあたって
成人ワクチン接種を検討する際には、いくつかの重要なステップがあります。適切な情報収集と医療機関との連携を通じて、安全かつ効果的にワクチン接種を進めることが大切です。
5.1. 医療提供者との相談の重要性
ワクチン接種は、個人の健康状態、年齢、生活習慣、過去の接種歴、アレルギー歴などを総合的に考慮して判断されるべき医療行為です。そのため、どのワクチンをいつ接種するかについては、必ず医師に相談することが基本となります。医師は、個々のリスク因子を評価し、各ワクチンの利益とリスクを説明した上で、最適な接種計画を提案してくれます。特に、基礎疾患を有する方、過去にワクチンで強い副反応を経験した方、アレルギー体質の方などは、接種前に詳細な相談が必要です。
5.2. ワクチン接種の場所
- 定期接種: 高齢者インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンなどの定期接種は、お住まいの市区町村が指定する医療機関(かかりつけ医など)で受けることができます。
- 任意接種: 多くの一般診療所や病院、トラベルクリニックなどで受けることができます。
- 接種可能な医療機関については、市区町村の保健所やウェブサイトで情報を得られるほか、厚生労働省検疫所(FORTH)のウェブサイトでは海外渡航者向けのワクチン接種機関を検索できます。東京都中央区では、区のウェブサイトで風しん第5期定期接種の実施医療機関リストなどが公開されています。
- 多くの医療機関では予約が必要となるため、事前に電話などで確認しましょう。
5.3. 個人の予防接種記録の管理の重要性
生涯にわたるワクチン接種歴を正確に把握しておくことは、適切な追加接種や、万が一の際の健康管理に不可欠です。小児期の接種記録は母子健康手帳に記載されていますが、成人期以降の接種記録は自己管理が基本となります。国立感染症研究所(現:国立健康危機管理研究機構)は、「成人用予防接種記録手帳」の活用を推奨しており、ウェブサイトからダウンロードして印刷し、接種記録を一覧で管理することができます。この手帳は、医療機関を受診する際や、海外渡航の準備をする際にも役立ちます。
5.4. ワクチン接種費用と助成制度の理解
ワクチン接種にかかる費用は、定期接種か任意接種か、またワクチンの種類や医療機関によって異なります。
- 定期接種: 高齢者インフルエンザワクチン、高齢者肺炎球菌ワクチン、2025年度から開始予定の高齢者帯状疱疹ワクチンなど、成人の定期接種では一部自己負担金が発生することが一般的です。自己負担額は、自治体や年齢、所得状況によって異なり、無料となる場合もあります(例:高齢者インフルエンザワクチンは東京都中央区で65~74歳が2,500円、75歳以上は無料。高齢者肺炎球菌ワクチンは中央区で1,500円、福岡市で4,200円)。新型コロナウイルスワクチンの定期接種も、標準的な自己負担額(例:7,000円)が設定されていますが、実際の負担は変動する可能性があります。
- 任意接種: 原則として全額自己負担となります。費用はワクチンの種類や医療機関によって大きく異なり、高額になる場合もあります(例:Tdapワクチン約10,000円、A型肝炎ワクチン1回約10,000円、RSウイルスワクチン約25,000円、帯状疱疹ワクチン(シングリックス®)1回約20,000~25,000円)。
- 助成制度: 一部の自治体では、特定の任意接種(例:定期接種化前の帯状疱疹ワクチン、風しんワクチンなど)に対して費用助成を行っている場合があります。お住まいの市区町村の保健担当部署に問い合わせて確認することが推奨されます。また、骨髄移植などの治療により免疫を失い、再接種が必要となった場合の費用助成制度を設けている自治体もあります。
成人期のワクチン接種は、小児期のように一律のプログラムで管理されるわけではなく、特に任意接種においては個人の情報収集と主体的な行動が求められます。費用負担も考慮すべき点であり、利用可能な助成制度の確認は重要です。このような状況は、情報アクセスや経済状況によってワクチン接種の機会に差が生じる可能性を示唆しており、公衆衛生の観点からは、推奨される成人ワクチンへのアクセスを簡便化し、費用負担の公平性を高める方策が望まれます。「成人用予防接種記録手帳」の普及は個人の管理能力向上に寄与しますが、制度全体の分かりやすさや経済的支援の拡充も、接種率向上には不可欠と言えるでしょう。
6. 成人ワクチン接種に関するよくある質問と誤解
成人ワクチン接種に関しては、様々な疑問や誤解が存在します。ここでは、代表的なものを取り上げ、科学的根拠に基づいた情報を提供します。
- 「ワクチンは子どもだけのものでしょう?」 いいえ、成人にもワクチンは必要です。小児期に獲得した免疫が時間とともに低下すること(例:百日せき、破傷風)、加齢や基礎疾患により特定の感染症のリスクが高まること(例:肺炎球菌、帯状疱疹)、新たな感染症の脅威(例:新型コロナウイルス)など、成人期特有の理由でワクチン接種が推奨されます。
- 「健康ならワクチンは不要では?」 健康な方でも、感染症に罹患すれば重症化する可能性はゼロではありません。また、自身が感染し、免疫力の弱い家族や周囲の人々(乳幼児、高齢者、免疫不全者など)に感染を広げてしまうリスクもあります。ワクチン接種は、個人の予防だけでなく、社会全体の感染拡大防止にも貢献します。
- 「ワクチンの副反応が心配/安全ではないのでは?」 ワクチン接種後には、注射部位の痛みや腫れ、発熱、倦怠感などの副反応が起こることがありますが、多くは軽微で数日以内に自然に軽快します。アナフィラキシーなどの重篤な副反応は極めてまれです。ワクチンは、開発段階で厳格な臨床試験を経て有効性と安全性が確認され、承認後も継続的に安全性が監視されています。ホルムアルデヒドや水銀などの成分に関する誤解もありますが、これらは現代のワクチンには含まれていないか、含まれていても極めて微量で安全な範囲内です。
- 「ワクチンを接種すると、その病気にかかってしまうのでは?」 不活化ワクチンやトキソイド、サブユニットワクチンなどは、病原体の感染性がないため、ワクチン接種によってその病気を発症することはありません。生ワクチンは弱毒化された病原体を含みますが、健康な人が接種した場合、ごく軽微な症状(例:微熱や軽い発疹)が出ることがあるものの、実際の感染症のような重い症状が出ることはありません。
- 「自然に病気にかかって免疫をつけた方が良いのでは?」 自然感染は、時に重篤な合併症(肺炎、脳炎、後遺症など)や死亡のリスクを伴います。ワクチンは、このような自然感染のリスクを負うことなく、安全に免疫を獲得するための手段です。
- 「ワクチンは必ず効くわけではないから、接種する意味がないのでは?」 どんなワクチンも100%の予防効果を保証するものではありませんが、接種することで発症リスクを大幅に低減し、たとえ発症しても重症化や入院、死亡を防ぐ効果が期待できます。また、多くの人が接種することで集団免疫効果が高まり、社会全体の感染拡大を抑えることにも繋がります。ワクチンの効果を理解する上で、「感染の予防」「発症の予防」「重症化の予防」といった異なるレベルの防御効果があることを認識することが重要です。特にインフルエンザワクチンのように、毎シーズン流行株が変動するような疾患では、完全な感染予防は難しくとも、重症化を防ぐことが大きな目標となります。この点を明確に伝えることが、ワクチンの価値に対する正しい理解を促します。
- 「何年も前にワクチンを接種したから、まだ大丈夫でしょう?」 ワクチンの種類によっては、獲得した免疫が時間とともに低下することがあります。例えば、破傷風やジフテリアの免疫は約10年で低下するため、定期的な追加接種(ブースター接種)が必要です。
- 「たくさんのワクチンを接種すると免疫系に負担がかかるのでは?」 これはよくある誤解です。私たちの免疫系は、日常生活で常に多くの異物(抗原)に接しており、それらに対応する能力を持っています。ワクチンに含まれる抗原の量は、自然界で遭遇する抗原の量と比較してごくわずかであり、免疫系に過度な負担をかけることはありません。むしろ、ワクチンは免疫系を訓練し、強化する働きがあります。
- 抗体価に関する注意点: 麻しん・風しん・水痘などの生ワクチンでは、1歳以降に2回の接種記録が確認できれば、通常は十分な免疫が得られていると考えられ、必ずしも抗体価測定は必須ではありません。過去には、抗体価が「基準値に達していない」という理由で不必要な追加接種が繰り返された例もありましたが、現在では4回を超える接種は推奨されていません。抗体価の解釈や追加接種の要否は、医師と個別に相談することが重要です。
- ワクチン接種ができない、または注意が必要な場合:
- 明らかな発熱(通常37.5℃以上)がある、または重篤な急性疾患にかかっている場合。
- 過去に接種しようとするワクチンの成分によってアナフィラキシーを起こしたことがある場合。
- ワクチンの種類によっては、妊娠中や重度の免疫不全状態(生ワクチンなど)が禁忌となる場合があります。
- その他、医師が不適当と判断した場合。
- 少しでも不安な点があれば、必ず接種前に医師に相談しましょう。
これらの情報が、成人ワクチン接種に関する正しい理解を深め、安心して接種を検討するための一助となることを願います。
7. まとめ:ワクチン接種による健康増進
本報告書では、日本における成人向けワクチン接種の現状と推奨事項について、多角的に概説しました。生涯を通じた予防接種は、個人の健康を守り、重篤な感染症やその合併症から身を守るための極めて有効な手段です。また、社会全体の感染症の蔓延を抑制し、特に免疫力の弱い人々を守るという公衆衛生上の大きな意義も持ち合わせています。
主要なポイントを要約すると以下の通りです。
- 成人期においても、インフルエンザ、肺炎球菌感染症、帯状疱疹、B型肝炎、麻しん・風しん、百日せきなど、ワクチンで予防可能な多くの疾患が存在します。
- 日本のワクチン接種制度は、国が推奨する「定期接種」と個人の判断で受ける「任意接種」に大別され、それぞれ対象者や費用負担の仕組みが異なります。
- 近年、新しいワクチンの開発や既存ワクチンの適応拡大が進み、成人向けの予防接種の選択肢は増え、より個別化された予防戦略が可能になっています。特に高齢者や基礎疾患を有する方、医療従事者、海外渡航者、免疫不全状態にある方、妊婦など、特定の状況下では特に推奨されるワクチンがあります。
- ワクチン接種にあたっては、その種類、効果、副反応、費用などを理解し、必ず医師と相談の上で、個々の状況に最適な判断をすることが重要です。また、自身の接種歴を正確に記録・管理することも大切です。
成人期におけるワクチン接種は、単に病気にかからないというだけでなく、健康寿命の延伸、QOL(生活の質)の維持、そして医療資源の効率的な活用にも繋がる、社会全体にとって価値のある投資と言えます。自身のワクチン接種状況を確認し、かかりつけ医に必要な相談をすることは、健康で充実した成人期を送るための積極的な一歩です。
成人ワクチン接種の分野は、日進月歩で発展しています。新しいワクチンの登場や、既存ワクチンのより効果的・安全な使用法に関する知見の集積、そして公的接種プログラムの見直しなどが継続的に行われています(例:ワクチンの早期承認・定期接種化プロセスの迅速化への期待)。厚生労働省の審議会などでも、常に最新の科学的知見に基づいた議論が重ねられています。このような動的な状況においては、定期的に医療提供者から最新情報を得て、自身の予防接種計画を見直していく姿勢が求められます。このコラムが、そのための知識と意識を高める一助となれば幸いです。
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